تسجيل الدخول苦しかった肺に、一気に空気が流れ込んできた。
「ぶわっ」
おかしな声を上げて、わたくしは目を覚ます。
親友のカタリンの家で毒を飲まされ、死んだと思ったのに……生きている?
体を起こした途端、激しくむせ込んだ。
あの焼け付くような痛みはない。それなのに、咳だけが止まらない。
「お嬢様、どうなさいましたか?」
メイドが部屋の外から声をかけてくる。返事をしたくても咳き込むばかりで、言葉にならない。
「イロナ様、失礼いたします!」
侍女が部屋に駆け込んできた。すぐに水を用意し、わたくしの背中をさすりながら、そっと口元へ運んでくれる。
飲むのが怖い。
けれど、信用できる侍女が用意してくれたもの。
勇気を振り絞り、震える手でコップを受け取った。思わず眉間にしわが寄ってしまう。
思い切って、こくりとひと口飲む。
冷たい水が、乾ききった喉を潤し、体の奥まで染み渡っていくような心地がした。
しばらくすると、荒い息が少しずつ落ち着いてきた。
「イロナ様、大丈夫ですか?」
咳き込みすぎてあふれた涙を、侍女がやさしく拭ってくれる。
「ありがとう。……むせてしまったわ」
あれは嫌な夢……だったのだろうか。
それにしては、あまりにも生々しい。
息ができない恐怖が、まるで魂に刻み込まれてしまったような気さえする。
でも、ただの悪夢だったのなら、いつまでも引きずってはいけない。
今日は学園へ行かなければならないのだから。
少し早いけれど、わたくしは着替えることにした。
学園へ持っていくノートを何気なく開くと、最近の授業内容が消えていた。
どういうこと?
慌てて他のノートも開いてみる。けれど、どれも同じだった。
突然、ノートを次々とめくり始めたわたくしを、侍女は不思議そうな顔で見つめている。
落ち着かなければ。
あまりおかしな振る舞いをしてはいけないと、自分に言い聞かせた。
「……ねえ、今日は何日?」
内心の動揺を隠しながら侍女に問いかけると、返ってきた答えは、一か月前の日付だった。
窓の外へ目を向ける。
庭に咲いている花々も、記憶より少し前の景色だった。
え……ど、どういうこと?
とにかく状況を把握しなければ。
そう考えたわたくしは、いつも通り食堂へ向かった。
今日はわたくしが一番乗りのようだ。
父の席には、まだ誰も読んでいない新聞が置かれている。
さりげなく日付に目をやると、そこには確かに一か月前の日付が記されている。
つまり……時間を遡ったということ?
そんなこと、あるはずが……。
考えて込んでいるうちに、両親と兄が食堂へ入ってきた。
何事もなかったかのように、朝食が始まる。
話題は仕事のことばかり。
けれど、それだからこそ、以前にも聞いた覚えのある会話が、そのまま繰り返されていることに気付く。
胸の中で不安が膨らんでくる。
「お父様。禁術と言われるものには、どのようなものがございますか?」
いても立ってもいられなくなり、わたくしは家族の会話を遮って尋ねてしまった。
父は、突然の問いかけに一瞬目を丸くした。
「急にどうしたんだい?」
「あの……少し、不安になってしまって」
「そうか。禁術とされるものは、精神を操るもの、人を呪うもの、人の命を奪うものなど、どれも決して許されないものばかりだ。それから、時を遡ることも禁じられているね」
父は指を折りながら、一つひとつ挙げていく。
「時を遡れますの?」
「昔の文献には記されている。だから、かつては存在したのかもしれない。もっとも、『そんな力があればいい』という願望を書き残しただけの可能性もあるがね。
もし、本当に存在するとしたら、権力者や古くから続く家系が密かに受け継いでいるだろう」
「歴史を書き換えられてしまったら、大変ですからね」
兄はエッグスタンドに立てられた半熟卵をスプーンですくいながら、言った。
「だから、禁じられているのでしょう」
母は上品に微笑みながら、わたくしを見つめた。
――そんなことを急に尋ねるなんて、何かあったのか、と探るような視線だった。
家に閉じこもっていては、何もわからない。
不安はあるけれど、学園へ行って……カタリンの様子を確かめたい。
こんな時は、マールトンと一緒に登校しなくなっていてよかったと思う。
***
教室へ入ってきたマールトンの隣には、当然のようにカタリンがいた。
婚約者でもない男女が、毎日のように一緒に登校するなんて、おかしいわよね。
けれど、同じクラスの人たちはすっかり見慣れてしまったのか、誰も何も言わなかった。
二人を見ていたせいで、目があってしまった。
「よお」
マールトンが軽く声をかけてくる。
まともな挨拶とは言えないけれど、久しぶりに無視されなかったことに、少しだけ驚いた。
「親友」とか「貴族になったばかりの令嬢を大切にする」とか、そんな建前を取り払ってしまえば、これはただの不貞だ。
どうして今まで気がつかなかったのだろう。
二人の間に流れる空気が、こんなにも親密なものだというのに。
この時には、すでにカタリンのお腹の中にはマールトンの子どもがいる。
――ああ、気持ち悪い。
二人に気付かないふりをして、わたくしは自分の席へ向かった。
背後から
「なぁに、あれ。感じ悪い」
というカタリンの声が聞こえた気がした。
こんな状況では授業など頭に入るはずもない。
けれど、一度受けた内容なので、問題はなかった。
昼食の時間になり、マールトンから声をかけられた。
「今日はどうするんだ?」
突然のことに、わたくしは驚いてすぐに答えられなかった。
すると、カタリンが横から口を挟む。
「イロナは一人でゆっくり食べたいのよね? 邪魔しちゃ悪いわよ」
「え……ええ。そうね」
なるほど。
こうやって、わたくしを少しずつ仲間はずれにしていったのね。
周囲を見ると、親切な令嬢たちがちらりとこちらを見ていた。
けれど、何も言わずに教室を出て行く。
以前は何度か声をかけてくれた。
「一緒に食べましょう」と誘ってくれたり、「ご両親に相談した方がいい」と忠告してくれたりした。
そのたびに、愚かなわたくしは「カタリンを信じているから」と、やんわり断っていたのだ。
あの時まで時間を戻せたなら、と思ってしまう。
そうすれば、彼女たちと一緒に昼食を楽しめたのに。
一度気づいてしまえば、カタリンがどれほど巧みに立ち回っていたのか、よくわかる。
どうして今まで気がつかなかったのか、不思議なくらいだ。
午後の授業は、ただ確認するだけの時間だった。
終業と同時に、わたくしは逃げるように学園を後にした。
授業の内容も、生徒たちの発言も、記憶に残っているものばかりだった。
理由はわからない。
けれど、おそらく――
わたくしは時間を遡っている。
わたくしは、ガーボルに水が入ったコップを手渡した。応接室のローテーブルには、修理したばかりの魔道具が置かれている。ガーボルは水を口に含み、火傷した口の中を冷やした。わたくしは時を巻き戻され、再び毒殺されないために対策を練らなければならない。魔術師のガーボルは、なぜか協力してくれそうなので、今はその厚意に甘えている。どう考えても、一人でどうにかできることではないから。彼は、時を巻き戻した結果を見届けたいだけなのだろうか。それとも、わたくしが苦しんでいるのを見て、罪悪感に駆られているのだろうか。「お嬢様。休憩になさいませんか」侍女がエステルハージトルテを持って来た。アーモンドメレンゲとバタークリームを幾重にも重ねたケーキだ。前回、毒が入っていたのは飲み物の方だとわかり、食べ物には普通に手を伸ばせるようになってきた。ガーボルは口の中を火傷したばかりなので、エルダーフラワーのシロップを水で薄めた飲み物を用意した。わたくしは、リスのぬいぐるみが淹れた紅茶を口にする。少し味が薄いけれど、色はきれいに出ていた。抽出時間が短めでも美味しく淹れられる茶葉は、どれだったかしら……。そんなことを考えていたら、ガーボルが「あの……」と声をかけてきた。「あの本は読みましたか?」ガーボルは、わたくしの反応を探るように見つめてくる。灰色の瞳に熱がこもっているような気がして、どきっと胸が鳴った。「まだ途中までですけど……」わたくしは、ガーボルがあの本を渡してきた意味を考えていた。もしかして、わたくしを『愛に囚われた女』だと思っているのだろうか。「違っていたら、すみません」ガーボルはそう前置きをしてから、話し始めた。「僕は、似たような女性を何人も見てきました。魔道具の実験の被験者の中には、謝礼金目当てで夫や恋人に連れて来られる女性もいるんです。相手の言いなりになっていて……殴られても『自分が悪い』とか『教育してくれてるだけだ』とか言うんですよ」その声には、同情とも諦めともつかない響きがあった。「いつもなら、口を出したら余計なトラブルになると思って黙っています。でも、今回は……口を挟んでもいいかなと思って」ああ。毒殺されなかったとしても、わたくしの人生そのものが、少しずつ壊されていたのか。「そういう人たちを見てきた僕からのアドバイス――」ガー
わたくしは毒殺され、一月前へ戻って来た。以前は気がつかなかった婚約者と親友の不貞に気づき、飲み物を口にすることさえ怖くなってしまった。時を巻き戻したという魔術師からは、マールトンを許すのか、それとも復讐するのか、自分で決めるようにと言われている。どうすればいいのだろう。悔しさは消えない。けれど、復讐など神がお許しにならない。そう思うのに、清らかな心は戻ってこない。胸に渦巻く靄も、晴れる気配がなかった。 ***今日は学園へ登校した。マールトンはわたくしとは口も効かないくせに、課題のノートだけはわたくしの机へ放り投げてくる。カタリンも「あら、ついでに私のも~」と笑いながら、自分のノートを差し出した。今までのわたくしは、断り切れず三人分の課題を黙ってこなしていた。教師も筆跡が同じだと気付いているはずなのに、何も言わず黙認している。わたくしが課題に追われている間、二人は先に帰って逢瀬を重ねていたのだ。なんて馬鹿らしい。わたくしは二人のノートに触れることすら嫌になり、そのまま机の上へ置き去りにして、教室を後にした。 ***そんなことよりも、今は考えなければいけないことがある。このままでは、わたくしは前回と同じようにカタリンに毒殺されてしまう。毒殺を回避することだけは、絶対に譲れない。そのために、あの魔術師に協力してもらえないか頼んでみよう。問題は、その先だった。婚約を解消し、二人と縁を切るだけでいいのか。「浅はかなことを考えるのはやめて」とカタリンに直接言う?「浮気をやめて」とマールトンに訴える?復讐なんて、そんな恐ろしいこと……神がお許しになるはずがない。けれど、裏切りには相応の報いを受けてもらい、教育すべきではないか?わたくしが味わった苦しみの、十分の一でもいいから……。心は揺れ動き、夜になっても答えは出なかった。 ***翌日、マールトンとカタリンは課題をやっていないことに気付くと、わたくしを責め立てた。同級生たちは、あまりにも身勝手な二人の言い分に、白い目を向けている。「あなたたち、自分で課題をやっていないと大声で言っていることに気付いている?」わたくしは静かに言い返した。心臓がばくばくしている。机の下の手も震えている。そこへ教師が教室へ入ってきた。二人は課題をやってこなかったことを
翌日は学園が休日だったため、部屋で考え事をすることにした。どうやら、毒殺されて時を遡ったのは、夢ではなく現実らしい……。考えを整理するため、ノートを取り出す。・一か月後にカタリンに毒殺される。トルタを食べる前だから、毒はカーヒーの中?・カタリンはどうやって毒を手に入れた?・殺害動機はマールトンの子を妊娠し、一刻も早く彼と結婚する必要があったから。・マールトンはどこまで知っていたか。妊娠は? 毒殺は?・誰が時を戻す魔導具を使ったのか?最初に浮かんだのは、マールトンだった。わたくしが死ねば、婚約解消で揉めることもなく、カタリンと結婚できただろう。彼にとっては望み通りの結末なのだから、時を戻そうとする理由はない気がする。では、彼の父親であるヘーデルヴァーリ伯爵?いいえ。我がセーケイ家との繋がりを重視するなら、もっと早い段階でマールトンを叱っていたはずだ。もしかして、結婚後にカタリンがおかしなことをしたのかしら?……わからない。頬杖をついてノートを眺めていても、答えは出ない。自分の死後のことなど、わかるはずもないのだから――思わずため息を吐いた、そのときだった。「お客様がお越しです」侍女に声をかけられ、わたくしは顔を上げた。「あら。先触れはあったのかしら?」「ございません。突然のご訪問でございます」まさかマールトンかと思ったが、どうやら違うらしい。訪ねてきたのは、魔術師だという。我がセーケイ家は魔導具の廉価版を製作している。そのため、オリジナルの魔導具を生み出す魔術師は、何より大切な存在だ。良い関係を築き、できれば我が家のパートナーになってもらいたい。わたくしはノートをしまうと、応接室へ急いだ。そこにいたのは、ぼさぼさの長い髪に、清潔とは言いがたい服をまとった男だった。身なりに頓着しない魔術師は珍しくない。前髪に隠れて目元は見えず、どこか胡散臭い雰囲気を漂わせている。だが、実力ある魔術師かもしれない。丁寧に応対するべきだ。「初めまして。魔術師のガーボル・ヴェレシュです」「お目にかかれて光栄ですわ。イロナ・セーケイと申します」ガーボルが差し出した手を取り、握手を交わした。手の甲に口づけを受けるのではなく握手というのが新鮮だ。パーラーメイドがガーボルの前にカーヒーを運び、わたくしにはハ
苦しかった肺に、一気に空気が流れ込んできた。「ぶわっ」おかしな声を上げて、わたくしは目を覚ます。親友のカタリンの家で毒を飲まされ、死んだと思ったのに……生きている?体を起こした途端、激しくむせ込んだ。あの焼け付くような痛みはない。それなのに、咳だけが止まらない。「お嬢様、どうなさいましたか?」メイドが部屋の外から声をかけてくる。返事をしたくても咳き込むばかりで、言葉にならない。「イロナ様、失礼いたします!」侍女が部屋に駆け込んできた。すぐに水を用意し、わたくしの背中をさすりながら、そっと口元へ運んでくれる。飲むのが怖い。けれど、信用できる侍女が用意してくれたもの。勇気を振り絞り、震える手でコップを受け取った。思わず眉間にしわが寄ってしまう。思い切って、こくりとひと口飲む。冷たい水が、乾ききった喉を潤し、体の奥まで染み渡っていくような心地がした。しばらくすると、荒い息が少しずつ落ち着いてきた。「イロナ様、大丈夫ですか?」咳き込みすぎてあふれた涙を、侍女がやさしく拭ってくれる。「ありがとう。……むせてしまったわ」あれは嫌な夢……だったのだろうか。それにしては、あまりにも生々しい。息ができない恐怖が、まるで魂に刻み込まれてしまったような気さえする。でも、ただの悪夢だったのなら、いつまでも引きずってはいけない。今日は学園へ行かなければならないのだから。少し早いけれど、わたくしは着替えることにした。学園へ持っていくノートを何気なく開くと、最近の授業内容が消えていた。どういうこと?慌てて他のノートも開いてみる。けれど、どれも同じだった。突然、ノートを次々とめくり始めたわたくしを、侍女は不思議そうな顔で見つめている。落ち着かなければ。あまりおかしな振る舞いをしてはいけないと、自分に言い聞かせた。「……ねえ、今日は何日?」内心の動揺を隠しながら侍女に問いかけると、返ってきた答えは、一か月前の日付だった。窓の外へ目を向ける。庭に咲いている花々も、記憶より少し前の景色だった。え……ど、どういうこと?とにかく状況を把握しなければ。そう考えたわたくしは、いつも通り食堂へ向かった。今日はわたくしが一番乗りのようだ。父の席には、まだ誰も読んでいない新聞が置かれている。さりげなく日付に目をやると、そこには確かに一か
わたくしはセーケイ子爵家の娘です。兄がおりますので、いずれはどこかへ嫁ぐ身でした。十五歳の時に、お見合いをしました。お相手は、マールトン・ヘーデルヴァーリという同い年の男の子です。どきどきしていたわたくしに、彼は優しく微笑みかけてくれました。学園に入学する前に婚約が成立しました。彼がいてくれるので、とても心強いと思ったことを覚えています。入学してすぐに、カタリン・ヴァッシュというお友達ができました。カタリンは男爵位を授かったばかりの家の娘で、貴族社会のことがよくわからないそうです。そのため、わたくしも知っていることを、いろいろと教えてあげました。逆に、平民のことを教えてもらうこともありました。婚約者のいる男性でも構わずに声をかけるので、あまり馴れ馴れしくしてはいけないと教えると、「平民ならこれくらい普通よ」と笑います。学園では、婚約者同士でお昼を一緒に食べることを推奨していました。「明日は別に食べましょう」そう提案すると、カタリンは頬を膨らませました。以前、「人見知りのイロナに付き合っているせいで、他の人とお昼が食べられないのよ」と言われたことがあったからです。だから、特に問題ないと思ったのですが……。ところが当日、カタリンは「賑やかな方がいいでしょ」と言って、当たり前のようにわたくしたちの間に入ってきました。呆気にとられているうちに、カタリンはマールトンとすっかり打ち解けてしまったのです。「ああいう、明るい子がいるといいよね」マールトンにそう言われたとき、胸がちくりと痛みまました。嫌だと思ってしまうわたくしは、心が狭いのでしょうか。「今度は二人きりで食べましょう」と誘うのは、はしたない気がして、どうしても口にすることができませんでした。そのうち、要領の悪いわたくしが課題を終える前に、二人だけで帰ってしまう日が増えていきました。以前は待っていてくれたのに、と寂しくなるわたくしは、我が儘なのですね。わたくしは自分の家の馬車に乗り、一人で帰ります。入学したばかりの頃は、マールトンが彼の家の馬車で送り迎えをしてくれました。ですが、何度か帰りに置き去りにされてしまったので、それからは別々に登校しています。婚約者だからといって、その厚意に甘えすぎたのでしょう。だから、マールトンは何も悪くないのです。「あまりに距離が近いと、誤解
俺は罪人として、魔術研究のモルモットにされている。 新たな攻撃魔法を浴びせられ、骨折を治せるはずの魔法陣に乗せられ、体液を採取される。ここには人権など存在しない。まるで、マッドサイエンティストの巣窟だ。時間だけは嫌と言うほどある。だからこそ、過去の出来事を思い返し、あれこれと考えてしまう。俺は、由緒あるヘーデルヴァーリ伯爵家で生まれ育ったマールトンだ。――俺は何一つ罪など犯していない。 ***禁術を使ったのは、あのしけた魔道具屋の店員だ。イロナを毒殺したのはカタリンであって、俺は何もしていない。何も悪いことをしていないのに、俺は冤罪でこんな場所に閉じ込められている。……なぜだ。イロナ。助けてくれ。今度こそ、お前を大切にする。ちゃんと愛してやる。だから、まずはここから出してくれ。父上、母上。大切に育てた俺を、本当に見捨てるはずがありませんよね。俺が心から反省すれば、「それでいいんだ」と頭を撫でてくれますよね。魔術研究の他に、俺は騎士団の調査に協力している。時間を巻き戻した魔術師を見つけ出すのだ。あの男に、俺がイロナとやり直すためにどれだけ苦労したか、証言させる。そうしたら、イロナも素直に俺の愛を受け入れられるだろう。巻き戻りに協力した魔術師は、陰気な奴だった。背中を丸め、長いぼさぼさの髪で目元を隠し、不気味な雰囲気をまとっていた。路地裏の小さな魔導具店の店員だ。騎士団に命じられ、その店へ案内した。だが、そこにいたのは、はきはきと話す爽やかな青年だった。姿勢は良く、身なりも整っている。髪型もすっきり清潔感があり、とても同一人物とは思えない。少しだけ、イロナが好きだと言っていた役者に似ていた。他に店員はいない、小さな店だという。「こいつじゃない……」そうつぶやくと、騎士が鼻で笑った。「――だろうな。念のために確認に来ただけだ」どうやら騎士団の捜査にも何度か協力しているらしく、騎士が「この前は世話になったな」と気さくに話しかけている。店員はちょっと緊張した面持ちで、俺の方を見た。「こ、この人はヴァッシュ邸での毒殺未遂の関係者なんですか?」と驚いたように尋ねてきた。関係者というか……直接事件に関わったわけではないんだが。しかし、そうか。こいつがあの日、イロナを助けてくれた者の一人か。「イ







