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第九話 二回目のイロナ・巻き戻りに気付く

مؤلف: 紡里
last update تاريخ النشر: 2026-07-30 20:28:30

苦しかった肺に、一気に空気が流れ込んできた。

「ぶわっ」

おかしな声を上げて、わたくしは目を覚ます。

親友のカタリンの家で毒を飲まされ、死んだと思ったのに……生きている?

体を起こした途端、激しくむせ込んだ。

あの焼け付くような痛みはない。それなのに、咳だけが止まらない。

「お嬢様、どうなさいましたか?」

メイドが部屋の外から声をかけてくる。返事をしたくても咳き込むばかりで、言葉にならない。

「イロナ様、失礼いたします!」

侍女が部屋に駆け込んできた。すぐに水を用意し、わたくしの背中をさすりながら、そっと口元へ運んでくれる。

飲むのが怖い。

けれど、信用できる侍女が用意してくれたもの。

勇気を振り絞り、震える手でコップを受け取った。思わず眉間にしわが寄ってしまう。

思い切って、こくりとひと口飲む。

冷たい水が、乾ききった喉を潤し、体の奥まで染み渡っていくような心地がした。

しばらくすると、荒い息が少しずつ落ち着いてきた。

「イロナ様、大丈夫ですか?」

咳き込みすぎてあふれた涙を、侍女がやさしく拭ってくれる。

「ありがとう。……むせてしまったわ」

あれは嫌な夢……だったのだろうか。

それにしては、あまりにも生々しい。

息ができない恐怖が、まるで魂に刻み込まれてしまったような気さえする。

でも、ただの悪夢だったのなら、いつまでも引きずってはいけない。

今日は学園へ行かなければならないのだから。

少し早いけれど、わたくしは着替えることにした。

学園へ持っていくノートを何気なく開くと、最近の授業内容が消えていた。

どういうこと?

慌てて他のノートも開いてみる。けれど、どれも同じだった。

突然、ノートを次々とめくり始めたわたくしを、侍女は不思議そうな顔で見つめている。

落ち着かなければ。

あまりおかしな振る舞いをしてはいけないと、自分に言い聞かせた。

「……ねえ、今日は何日?」

内心の動揺を隠しながら侍女に問いかけると、返ってきた答えは、一か月前の日付だった。

窓の外へ目を向ける。

庭に咲いている花々も、記憶より少し前の景色だった。

え……ど、どういうこと?

とにかく状況を把握しなければ。

そう考えたわたくしは、いつも通り食堂へ向かった。

今日はわたくしが一番乗りのようだ。

父の席には、まだ誰も読んでいない新聞が置かれている。

さりげなく日付に目をやると、そこには確かに一か月前の日付が記されている。

つまり……時間を遡ったということ?

そんなこと、あるはずが……。

考えて込んでいるうちに、両親と兄が食堂へ入ってきた。

何事もなかったかのように、朝食が始まる。

話題は仕事のことばかり。

けれど、それだからこそ、以前にも聞いた覚えのある会話が、そのまま繰り返されていることに気付く。

胸の中で不安が膨らんでくる。

「お父様。禁術と言われるものには、どのようなものがございますか?」

いても立ってもいられなくなり、わたくしは家族の会話を遮って尋ねてしまった。

父は、突然の問いかけに一瞬目を丸くした。

「急にどうしたんだい?」

「あの……少し、不安になってしまって」

「そうか。禁術とされるものは、精神を操るもの、人を呪うもの、人の命を奪うものなど、どれも決して許されないものばかりだ。それから、時を遡ることも禁じられているね」

父は指を折りながら、一つひとつ挙げていく。

「時を遡れますの?」

「昔の文献には記されている。だから、かつては存在したのかもしれない。もっとも、『そんな力があればいい』という願望を書き残しただけの可能性もあるがね。

もし、本当に存在するとしたら、権力者や古くから続く家系が密かに受け継いでいるだろう」

「歴史を書き換えられてしまったら、大変ですからね」

兄はエッグスタンドに立てられた半熟卵をスプーンですくいながら、言った。

「だから、禁じられているのでしょう」

母は上品に微笑みながら、わたくしを見つめた。

――そんなことを急に尋ねるなんて、何かあったのか、と探るような視線だった。

家に閉じこもっていては、何もわからない。

不安はあるけれど、学園へ行って……カタリンの様子を確かめたい。

こんな時は、マールトンと一緒に登校しなくなっていてよかったと思う。

   ***

教室へ入ってきたマールトンの隣には、当然のようにカタリンがいた。

婚約者でもない男女が、毎日のように一緒に登校するなんて、おかしいわよね。

けれど、同じクラスの人たちはすっかり見慣れてしまったのか、誰も何も言わなかった。

二人を見ていたせいで、目があってしまった。

「よお」

マールトンが軽く声をかけてくる。

まともな挨拶とは言えないけれど、久しぶりに無視されなかったことに、少しだけ驚いた。

「親友」とか「貴族になったばかりの令嬢を大切にする」とか、そんな建前を取り払ってしまえば、これはただの不貞だ。

どうして今まで気がつかなかったのだろう。

二人の間に流れる空気が、こんなにも親密なものだというのに。

この時には、すでにカタリンのお腹の中にはマールトンの子どもがいる。

――ああ、気持ち悪い。

二人に気付かないふりをして、わたくしは自分の席へ向かった。

背後から

「なぁに、あれ。感じ悪い」

というカタリンの声が聞こえた気がした。

こんな状況では授業など頭に入るはずもない。

けれど、一度受けた内容なので、問題はなかった。

昼食の時間になり、マールトンから声をかけられた。

「今日はどうするんだ?」

突然のことに、わたくしは驚いてすぐに答えられなかった。

すると、カタリンが横から口を挟む。

「イロナは一人でゆっくり食べたいのよね? 邪魔しちゃ悪いわよ」

「え……ええ。そうね」

なるほど。

こうやって、わたくしを少しずつ仲間はずれにしていったのね。

周囲を見ると、親切な令嬢たちがちらりとこちらを見ていた。

けれど、何も言わずに教室を出て行く。

以前は何度か声をかけてくれた。

「一緒に食べましょう」と誘ってくれたり、「ご両親に相談した方がいい」と忠告してくれたりした。

そのたびに、愚かなわたくしは「カタリンを信じているから」と、やんわり断っていたのだ。

あの時まで時間を戻せたなら、と思ってしまう。

そうすれば、彼女たちと一緒に昼食を楽しめたのに。

一度気づいてしまえば、カタリンがどれほど巧みに立ち回っていたのか、よくわかる。

どうして今まで気がつかなかったのか、不思議なくらいだ。

午後の授業は、ただ確認するだけの時間だった。

終業と同時に、わたくしは逃げるように学園を後にした。

授業の内容も、生徒たちの発言も、記憶に残っているものばかりだった。

理由はわからない。

けれど、おそらく――

わたくしは時間を遡っている。

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